徳島のフリーペーパー2社様より、弊社取り組み紹介していただきました。

この度、徳島のフリーペーパーの

・『はたじょ!』 ㈲転職まがじん 様
・『なんと』 米崎印刷㈱ 様

より、弊社取り組みの紹介をしていただきました。

文才ありませんが、これまでの経緯や出会いを感謝の気持ち込めて投稿させていただきます。

 

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『はたじょ』さんで今回取材してくれた方は、なんと!、私が一番最初に移住支援させていただいた方!!。

前職のライターのお仕事を生かされ、「私なりに情報発信をできれば」とすでにマネージャーまでなってるし。

「喜田さんって、仕事の宣伝ヘタですよねー。」
「私が宣伝してあげる。」

から始まったこの掲載。(一言多い気が・・・)

『なんと』さんの取材していただいた方は津川さん。

小松島リビングラボの場からのお付き合いでして、「小松島を盛り上げよう」と志高い方でして、なんと同い年。

私から「今、移住支援業をしていまして、移住希望者の助けになれれば。紹介してくれないでしょうか?」と逆申し込み。

すると、間一髪いれず快諾してくれまして、器の大きさ感じました。仕事の早い人大好きです。

また、東京より移住していただいている石山さん、急な要望にもかかわらず「ぜひ、ご協力させてください」と、本当にありがとうございました。

この度の掲載とご協力、本当にありがとうございました。このご恩は必ず。

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私の取り組み
今までの経緯をご紹介させてください。

ちょうど去年の今ごろのこと、市内某所にて。

私「空き家貸してくれませんか?」

住民A:「おたくどちらっ、どこの人か解らん人に・・・」
住民B:「さっきから、変な人が歩いてる(ヒソヒソ)」
住民C:「もーえーわ(帰ッタ帰ッタ)」

3日間歩いて、誰一人に意思が伝わらないこのありさま。

長年勤めた建設会社を退職し、『地域社会に貢献できる会社を作る!』をビジョンをもって起業したのに・・・。
ここにきて学力・営業力のなさ、口べたが発揮されるとは・・・。

今思えば、住民の皆様「ごもっとも」です。逆の立場でもそうしてる。

 

そこで私のとった行動。

「そうだ、櫛渕町に行こう!」

櫛渕町は私の古里になりまして、高校までの18年間過ごした場所です。
恥もプライドも捨て、櫛渕町へ。

すると、
櫛渕人A:「空き家いっぱいあるぞー。紹介したるわ。片っ端からうめてくれ。」
櫛渕人B:「大谷の喜田はんとこの子かー、あの空き家、壊してもいいけん好きにしてくれ!」
櫛渕人C:「この家使えるで?使えるんだったら使って。」

実家があり両親や親戚、友人あっての事で、改めて人の繋がりに感謝させてもらいました。

「このご恩は必ず返す!」を心に、第1号物件改修開始。

夏の暑い時期で、ラジオで高校野球を聞きながらの香取線香のにおいを思い出します。
私を不憫に思ったのか、ボランティアで両親や友人が何も言わず手伝ってくれるという。(ありがとう)

 

第一物件完成!早速募集!

なんと、「埼玉県よりご家族で移住したい。」と連絡が。

 

お会いすると、またビックリ!
うちの子供2人の名前と、埼玉のお子さん2人の名前がほぼ一緒!
運命を感じずにいられない。

この1年後には、私を取材するとは夢にも思いませんでした。

 

それからほぼ1年が過ぎ、県外から8組、県内より7組の移住支援、空き家の再生10棟をさせていただきました。

 

ありがたいことに、現在もいろいろな繋がりが生まれ、行政、大学、企業などお話させていただいております。

移住希望者さんや空き家所有者さんのためと思い行動してしておりますが、希望に添えない場合も多々あります。

今後も小さな活動ですが、私の取り組みをいろんな方に知ってもらいたく、ご理解いただける方のご協力お待ちしております。

小松島の枠に限らず、徳島全域で考えております。空き家や空き店舗のありましたら、お声かけください。1つずつ丁寧に改修しております。

今後ともよろしくお願いいたします。

はたじょマネージャーさん、津川さん、石山さん、この度は本当にありがとうございました。

このご恩は必ず!!。

 

みなさま、『はたじょ!』と『なんと』 どうぞよろしくお願いいたします。

最後までお読み頂きありがとうございました。

喜田 智彦

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